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前回は「バーチャル」についてその意味を英語と日本語で紹介しました。
ところで、私は言葉に対して非常に敏感です。人は物事を言葉を介して理解します。だから、言葉は物事を理解する上で非常に重要な要素だと思っています。
さて、私たちは「常識」という言葉を普段の生活で多く使ったり耳にしたりしていると思います。しかも、「常識」という言葉の意味を考えることなく、あるいは、そのようことを意識することなく、です。
そこでそのような言葉の意味について考えてみたいと思います。
日本語の「常識」を英語で“common sense”とか“common knowledge”といいます。直訳は「共通の感覚」とか「共通の知識」です。おそらく共通の文化的背景や教育の影響で、同じ社会に属する人たちが定義や説明をいちいちすることなく理解しあえる互いに共有している理解や感覚を指すのが日本語の「常識」であろうと思います。それは疑いもなく周りの人と同じことをしたり同じ思考をもったりすることを意味します。そして、それは真理ではないので必ずしも正しいとは限りません。単に同じ社会に属す人たちと共有していることで疑いもなく正しいと信じられていることにすぎません。
オプションにはさまざまな専門用語が出てきます。そのような用語は上述のような私の理解によれば私たちの多くにとって「常識」の外にあると思われます。つまり、「非常識」なのです。「非常識」というと何かがズレている、正しくない、悪いあるいは少なくとも良くないことと思われがちです。しかし、それらはいずれも「非常識」の意味としては正しくありません。「常識がない」という言葉はしばしばそのようなネガティブな意味で使われます。しかし、それも事の本質ではないのです。
私がなぜ以上のような話を述べたかといいますと、オプションについてあるいは広く金融やマネーについて学習するとき「常識」を当てはめないでほしいのです。そのような世界への馴染みが薄いならその世界で使われる言葉の多くは常識の外にあるはずだからです。
同時に、専門用語を恐れる必要もありません。「言葉」自体は単に名前と同じだと思えば、重要なのは名前を覚えることではありません。例えば、「タイムディケイ」とか「ボラティリティ」といった名前を知ること自体重要ではないのです。大事なことはそれらの意味を知ることです。意味さえわかれば専門用語は怖くありません。