Just a symbol
かたい話ばかり続いたので、余談ながら、すこし横道に逸れつつちょっとした興味深い話を紹介したいと思います。
私は少年時代からミステリー小説(推理小説)を好んで読んできました。推理には数学の証明問題を解くような面白みがあり私はそれの虜になりました。本格派推理小説として知られるEllery Queen(エレリー・クイーン)の“The Tragedy of X”(Xの悲劇)やS.S.Van Dine(ヴァン・ダイン)の”The Greene Murder Case”(グリーン家殺人事件)を初め日本でも多くの人たちに知られるAgatha Christie(アガサ・クリスティ)の“The Murder of Roger Ackroid”(アクロイド殺人事件)など数多くのミステリー小説を読み漁りました。
最近読んだ日本のミステリー小説の中に、オプションの実践家である皆さんに紹介した件(くだり)がありましたので掲げます。
以下は森博嗣著『幻想の死と使途』からの引用です。
「君は、科学がただの記号だって言ったけど、そのとおりなんだ。記号を覚え、数式を組み立てることによって、僕らは大好きだった不思議を排除する。何故だろう?そうしないと、新しい不思議がみつからないからさ。探し回って、たまに素敵な不思議を見つけては、また、そいつらを一つずつ消していくんだ。もっとももっとすごい不思議に出会えると信じてね・・・」
オプションになぞって考えてみるとOCFCストラテジーは、私に関する限り、科学に基づいています。そして、上述の引用文にもあるように、ただの記号にすぎません。記号を覚え、数式を組み立てる。そうやって不思議を排除するというより、オプションでは、現実に“マネー”を創造します。ただ、私が思うに、そのプロセスの中で、多くの不思議に出会えます。皆さんにはそれを楽しんでほしいと思います。オプションには不思議な魔力があると私には感じられるのです。それは、多分、オプションが想像する“マネー”とそのプロセス自体が仮想的現実の中にあるからだと思われます。
以下は同じ著者によるミステリー小説『すべてがFになる』からの引用です。
「僕ら研究者は、何も生産していない、無責任さが取り柄だからね。でも、百年、二百年さきのことを考えられるのは、僕らだけなんだよ」
“何も生産していない、無責任さが取り柄だからね。”の部分は私たちOCFCストラテジーの実践家には当てはまらないと信じたいと思います。それに続く“百年、二百年さきのことを考えられるのは、僕らだけなんだよ”というのは科学者や研究者だけではなく、高度に知的な生物である私たち人間すべてにあてはまります。
理論物理学者Michio Kaku氏の“The Future of The Mind”によるとあらゆる生物の中で人間だけが未来について思考することができるそうです。前回述べた「ゴールから考える」というのは未来のイメージから現在へと逆に辿って思考することを示唆しています。
因みに、上述のミステリー作家森博嗣氏は大学の工学部の教授だそうです。