derivatives as a monster
紙幣を印刷し経済社会に流通させている中央銀行は通貨の量を把握しているはずで、事実、統計として通貨供給量を発表しています。しかし、実際のところはどうなのでしょうか。もはや通貨の供給量を政府が完全に把握してできない状況にあるのは間違いありません。それはデリバティブズの発達の影響によるものです。
「仮想的空間」とは概念が生み出した空間だと以前述べました。金融社会はそのような仮想空間に存在します。つまり、金融は概念によって成り立っているのです。仮想空間には限界がありません。そのような空間に存在する金融社会で生み出される“マネー”の量は無限に存在するということになります。
かつて“デリバティブズ”を「モンスター(怪物)」だと語った人がいました。それを「大量破壊兵器」だと述べた米国の著名な投資家もいました。物事は捉えようだと思います。“デリバティブズ”を「モンスター」だと語った人も「大量破壊兵器」だと呼んだ人もともに“デリバティブズ”の凄さを言い当てているという意味では気の利いた表現だろうと思います。しかし、そのようなネーミングやレッテルは本質をとらえているとは言い難いように思われます。前者の「モンスター」はいい意味にも悪い意味にも捉えることができるのでそちらの表現の方が的を射ていると感じられます。
私は“デリバティブズ”をいい意味に捉えたいと思います。私たちの生活にとって利益になるように活用したいからです。そして、実際そのようにできると私はこれまでの経験から信じています。私にとってはいい意味での「モンスター」です。
人間の脳に存在する空間は無限だと思います。仮想空間とは人間の脳に存在する巨大な空間だと思うのです。人間の考えることに限界はないということです。それが“デリバティブズ”の本質であろうと思います。